事例 : 自筆証書遺言書を残して亡くなったAさんが、その自筆証書遺言書の日付として『昭和四拾壱年七月吉日』とだけ記してあった為、共同相続人の一人である甲さんが「この遺言書は年月のみが書かれ、日付の記載がないから無効だ」と主張して、その遺言書の無効の確認を求めて訴えたという事件です。


 このケースで裁判所は「自筆によって遺言をするには、遺言者は全文・日付・氏名を自書して押印しなければならないが、右に言う日付は、暦上の特定の日を表示するものといえるように記載されるべきものであるから、証書の日付として、単に「昭和四拾壱年七月吉日」とのみ記載されているときは、暦上の特定の日を表示するものとはいえず、そのような遺言は日付の記載を欠くものとして無効である」と言って、訴えを認め、その遺言書の効力を否定しました。  (甲さんの勝ち)

 そもそも、遺言書にこの”日付”の記載が必要なのは
  ①遺言者の遺言能力の有無を確定し
  ②遺言書の方式の選択が間違っていないかの基準(特別の方式により作成することができるかどうかを決定する基準)となり 
  ③複数の違った内容の遺言書が出てきた際の、成立の先後を決める(後の遺言書の方が強い)  
 という目的からです。

 ですから、”吉日”のような1ヶ月に何度もあるような日ではなく、”特定の1日”でなければ意味がないのです。

 逆に言えば、具体的に×日とか○△日といった数字の記載が無くとも、「平成○○年 こどもの日」とか「私(遺言者自身)の米寿の祝いの日」或いは「私(遺言者自身の)□○回目の結婚記念日」といった記載でも、1年の中で、その日はたった1日しかない特定された日ですから有効とされています。
 因みに、それ以前の別の判例では「26 3 9」(原文は縦書きなので理解しやすいのですが)という三つの数字だけの記載を「昭和26年3月9日」の日付として有効としたものもあります。

 事例 : 吉川次郎兵衛さんという方が残した自筆証書遺言書には、その氏名として『吉川次郎兵衛』というフルネームではなく、『をや(親)次郎兵衛』と書かれていました。そこで、甲さん、「この遺言書は氏名自書の要件が欠けているから無効だ」としてその遺言書の無効の確認を求めて訴えたという裁判です。

 裁判所は、「民法が氏名の自書を要件としたのは、誰が遺言者であるかを明確にする趣旨であるから、氏名の自書とは、遺言者が誰かについて疑いを入れない程度において完全にその表示をすることを要すると解すべきである」とした上で、「もし、他に同一氏名の者があって混同を生ずる場合には、住所・爵位・称号・雅号などの付記を必要とすることがあり、他人と混同を生じない場合にあっては、氏名を併記せず、氏または名を自書するだけで十分である」と言って、訴えを退けました。  (甲さんの負け)

 要するに、遺言書における”氏名自書”とは、あくまでも本人確認(確定)のためになされるものであるから、本人確認(確定)さえ出来れば、戸籍上の氏名だけでなく、住所・爵位・称号・雅号といった名前以外であっても問題はないという事です。
 これをもう少し広げて考えてみると、遺言書を書いたのが本人であることの確認(確定)さえ取れれば、自筆証書遺言書の氏名には、以上の住所・爵位・・・以外にも”ペンネーム・芸名・通称・屋号”といったものまで含まれるということになります。

 とはいえ、基本的に自分ひとりで作る自筆証書遺言書では、ただでさえ、後々になって誤解や色々な解釈ができるような紛らわしい表現をしてしまう可能性が高いのですから、”避けられる危険”は避けるのが、”争続”回避には不可欠です。 ですから、基本は戸籍上の氏名(住所と共に・・・同一住所に同姓同名の人が住んでいることは先ずないので、間違いなく本人と確認(確定)できます)を入れておくことは必要だと思います。

 もし、どうしてもペンネームや爵位、芸名、雅号・・・といったもので遺言書を作りたいのであれば、先ずは氏名のところにペンネーム等を書き、その脇に括弧書きで ”本名・某 誰兵衛”と、戸籍上の氏名を書き加えておけば良いでしょう。

 普通、契約書などを作る時に用紙が何枚にもなる様な場合、それら複数の用紙を綴じる場合でも綴じない場合でも、それらが一体の契約書であることを示す"契印”(割印)が押されることになりますが、遺言書が複数枚に及んだ場合、もしもこの契印が無かったり、押印(及び署名)が1枚のみになされ、他の用紙にはなされていなかったとしたら、その遺言書は『氏名を自書』、『押印』の要件を欠き無効とされてしまうのでしょうか?


 このケースは、油障子用の楮(こうぞ)紙2枚を使い遺言書が作られていたというもので、1枚目には不動産の標目が掲げられ、2枚目には「家一切金デンブ 妻ノ物 ツツシンデ、法事、トモライオセヨ」と書かれ、日付及び署名・押印がされていましたが、1枚目と2枚目は単に糊継ぎされただけで契印はありませんでした。

 そこで、甲さんは2枚それぞれに署名・押印がないこの遺言書は無効だとして訴えました。


 裁判所は「遺言書が数葉にわたるときでも、その数葉が一通の遺言書として作成されたものであることが確認されるならば、その一部に日付・署名・捺印が適法になされているかぎり、右遺言書を有効と認めて差し支えない」という判断をしました。(甲の負け)


 つまり、自筆証書遺言書を作成するにあたって、法律はその用語・様式・用具については何も定めてはいないのだから、別に1枚の紙に収めなくとも良いのは当然のこととして、このケースのように糊継ぎしただけで契印が無くとも、”一通の遺言書として作成されたことが確認されるなら”その効力に影響はないということ。
 同様に、1枚目と2枚目とが糊継ぎされていないケースでも、例えば、一枚にのみ署名・押印があり、他の文面には(署名・押印が)無いが、本文に捺されたのと同じ印鑑で封印及び、署名された封筒に入っていた遺言書を「その内容、外形の両面から見て一通の遺言書であると明認できる」と言って、認めています。

 実際問題、「内容、外形」についての判断はある意味難しい部分もあるのかもしれませんが、一般には筆跡や用紙の種類、ナンバリング、文脈などで判断されることになっているようです。

 法律は、自筆証書遺言書の作成に関して、先ず最初にその全文を自書しなければならない旨を規定していますが、では、この『自書』とは単純に遺言書の執筆者が”一人で書く”ということに限定されるものなのでしょうか?


 このケースは、病気のために手が震えるのに加え、白内障の為に視力も極端に弱かった夫(=A)のために、夫は次に書く文字を口に出し、その妻(=B)が夫の手を握りペンを置く位置を正す等の方法で子(=乙等)に遺産の大半を与える内容の遺言書を書き上げたところ、Aの死後、子供の一人である甲(遺産が少なかった?)が、その遺言書は前記の理由からBが偽造したものだとして訴えを起こしたというものです。


 当初の裁判では、裁判所は「Aは当時、激しい手の震えと視力減退のため自書能力を欠いていた」と判断し、甲の申し立てを認めたため、今度は乙の側が上告しました。

 最高裁判所は、「病気などで他人の添え手をうけて作成された自筆証書遺言は、①遺言者が自書能力すなわち文字を知りこれを筆記する能力を持ち、②他人の添え手が、始筆や字配りなど遺言者の手を用紙上の正しい位置に導くにとどまるか、または、遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされ、添え手は執筆を容易にするための支えを借りただけであり、③添え手をした者の意思介入のないことが筆跡上判断できる場合には、『自書』の要件を充たすものとして有効である。」と判示した上で、この件に関しては②の要件を満たしていないとして、乙の上告を退けています。

 つまり、この件では②の要件を満たしていないから、乙の申し立ては認められないという判断をした訳ですが、 しかし、上記・最高裁判所の言う三つの要件を全てクリア出来ていさえすれば、添え手により作成された遺言書であっても有効になる場合があるということですから、遺言書の『自書』とは、必ずしも100%”自分ひとりで”書き上げなければならないという訳ではないということです。

 とはいえ、実際問題、③の”添え手をした者の意思介入のないこと・・・”の判断・証明は非常に微妙な問題ですから、遺言書はやはり、添え手が必要になる前に作っておく方が安心なことは間違いありません。いざという時に困らないよう、早め早めの準備をしておく必要があるでしょう。

 実際に遺言書を書くとき、具体的に誰かを指名して財産をあげたいという場合にその文言として『相続させる』と書いた場合と『贈る』と書いた場合とでは、違いが生じるのでしょうか?

 一般に『相続させる』は、相続人に対して使い、『贈る』(或いは『遺贈する』)の方は、相続人以外の人に対して使われると解されています。
 とはいえ、現実には相続人以外の人に『相続させる』とか、相続人に対して『贈る』という表現を使ったとしても、特別に問題はないとされています。  

 過去には、『贈る』という言葉は法律的には”相続”ではなく”遺贈”(贈与)となるから、相続人に対してこの”遺贈”を使ってしまうと、不動産の移転登記に際して支払う登録免許税が相続としての安い税率(不動産価額の1000分の4)では無く、遺贈(贈与)としての高い税率(同・1000分の20)が適用されるという不利益がありました。

 しかし、現在では”相続人に対する遺贈”は相続とみなされ、安い方の税率(同・1000分の4)が適用されることになっていますから、あまり心配しなくても良くなりました。
 
 一応、『相続させる』と『贈る』とでは、以上のような違いがあります。

 一般に契約書を作ったり、相続において相続人間で遺産分割協議書を作成し取り交わすという場合には”実印”を使用し、印鑑証明を添付すること等が要求されていますが、(自筆証書)遺言書における『押印』もまた、同様に実印での押印が要求されているのでしょうか?
 法律は単に『押印』とだけ規定しており、どの様な印鑑を用いるべきかについては触れていないことから、他の契約書などと同様に”重要な文書”ではありますが、遺言書においては特に実印などにこだわる必要はありません。(300円? くらいの三文判でも有効です)

 では、遺言書に印鑑ではなく、本人の指印(拇印等)が押されていた場合には、どうでしょう?  その遺言書は有効なものとして認められるのでしょうか?

 このケースでは、ある女性が自分と同居している娘の一人(甲)に全財産を贈与する旨及び、日付・氏名も自書した上で氏名の下に拇印を捺すという形で遺言書が作られていました。 女性の死亡後、財産を貰えなかった息子の一人(乙)が「遺言書が書かれた当時、女性(母)は意思能力を欠いていたのだから、証書は偽造されたものであり、もし仮に偽造されたものでなかったとしても、拇印しか捺されていないのは(自筆証書遺言の要件を欠き)無効だ」として訴えを提起しましたが、1・2審では乙の請求は棄却されたので、更に上告したというものです。


 最高裁判所は「自筆証書遺言の方式としての押印としては、遺言者が印章に代えて拇印その他の指頭に墨や朱肉などをつけて押捺すること(指印)をもって足りるものと解するのが正当である」として、指印による『押印』を認めました。(甲の勝ち。乙の負け)

 これ以前の下級審での判例は必ずしも一致しておらず、指印(拇印)を認めるもの、それを否定するものと判断は確定していませんでしたが、この最高裁判所の判決によってこの問題は確定したので、以後は自筆証書遺言書作成に際して、ハンコが見付からない(?)時には、安心して拇印を捺しておけば良いということです。

 遺言書は、その内容に関して”できること”が法律でしっかりと定められています。(法定条項)
 では、その法定条項に反するような記載は一律に、機械的に無効とされてしまうのでしょうか? この件に関して、最高裁判所はこんな判断を示しています。

 このケースは、「某より買い受けた土地とその地上の倉庫を妻に遺贈する。右の土地と倉庫は店の経営上必要なので一応そのままとし、妻の死後は遺言者の弟妹と妻の弟妹とが一定の比率で権利分割して所有するが、換金が困難なので賃貸して賃料収入を右の割合で取得する。ただし右の割合で取得した者が死亡したときは、その相続人が権利を承継する」という条項が含まれた遺言書が作られたということから始まります。

 さて、実際に相続が始まると、この条項の「妻に遺贈する」以下の部分は、いわゆる『跡継ぎ遺贈』と言われるものですが、現行の民法には明文の規定がないため、原審では無効とされてしまいました。

 ところが、最高裁判所は「遺言を解釈するにあたっては、遺言者の真意を探求すべきであるから、問題になる条項についてもその条項だけを抽出してその部分を形式的に解釈するだけでは不十分である。遺言書全体の記載との関連、遺言書作成当時の事情や遺言者の置かれていた状況などを考慮して、遺言者の真意を探求してその趣旨を確定すべきものと解する。」として原判決を ”破棄差し戻し” としました。

 つまり、法律上は遺言書の記載事項には法定条項という”縛り”があるけれども、たとえ法定条項以外のことを書き残したとしても一律に無効とされるわけではなく、裁判所はあくまでも”遺言者の真意の探求”するということを第一の目的として、遺言書作成当時の遺言者らの状況等を十分に考慮した上で、その記載の有効・無効を判断してくれるということです。

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